最近、秋の朝日岳で遭難が報じられた。猛烈な風による低体温症との報道を耳にして、思い出された実体験。
忘れもしない2022年2月 この時は雪山登山であったが、 三本槍からの復路で爆風によりホワイトアウトしてしまった。清水平、朝日岳を通り、茶臼岳の避難小屋まで、この時はかろうじて生還できた。
そこには、日常の想像をはるかに超越した異次元の恐怖の世界
当時の天候予測
当日、ふもとの天気予報も晴れ 山の天気の指標にしているてんくらは、
午前Aだが、午後からCになり、それが数日続く予報となっていた。
SNSでみる雪化粧の世界をこの目で見たくて、このチャンスを逃したくない。午前中のうちに帰ってこれる計画であった。しかし、そこは山の天気である。天候悪化が予報よりも早まることもあるわけだが、そんな常識を頭の中で無意識に遠のけている自分がいた。
経過
登山開始時は、快晴、暑くて目に汗がしみる。茶臼岳との分岐部にある避難小屋に到着。 朝日岳、三本槍岳のコースへ向かうのは私だけであった。朝日岳からの茶臼の眺めも綺麗で、見たかった景色に満悦。その先の清水平は踏み抜いてしまい膝から太ももまでもぐってしまうが、ふみ跡をたどれば歩けた。
西の方の山間を覆うように灰色の雲が近づいてきているのはみえていたが、時刻も10時30分でこれなら昼前に戻れると感じていた、、、
三本槍岳まで、あと少し。最後の登る斜面にはふみ足で大きなハートマークをだれかが作成していた。天気に恵まれ楽しい往路であった。
目的地の三本槍に到着直後、突然、横殴りの西風が吹き始め、雪が流れてきた。そして吹き荒れてきた。
まずい、、、雪面を走ってふみ跡をたどって戻りはじめた。雪ぐつとアイゼンは重たく、走ろうにもうまく走れないが、必死にだ。
みるみるうちに、横殴りに降る雪に加えて堆積した雪が爆風で吹き上げられて、一気にホワイトアウトとなった。
まるで誰かがスイッチを切り替えたように 突然だ
爆風で飛ばされて動けないだけではなく、視界もなくなってしまった。
清水平はひろい平らな雪原で、もともと目印の地形がない。風をしのげる障害物もない。もはや方向などわからない。
すさまじい風に体を揺すぶられ、雪上にしがみつくだけでも精一杯、風にあらがって移動するには相当の力を要する。わずかに見え隠れする踏み跡をたどるが、一歩まちがえると雪を踏み抜いてよろけ、バランスを崩し爆風で身体からゴロゴロ転がってゆく。
戻れないと本気で思った。
極限状態であっても恐怖心のコントロールに徹した。
パニックを起こし、やみくもに歩き出して道をロストしたら、絶対に帰還できないからだ。
文字通り必死だ
所々で爆風を背に座り込んでGPSにより来たときの軌跡からずれないように修正をする。冷静に。
スマホを持ちながら進むことはできないから、毎回しまい、出しては操作をして確認を繰り返してゆく。 このとき、不用意に手を緩めれば、スマホは紙切れのように彼方へ飛んで行ってしまうだろう。なくしたら生命線をたたれるのと同じ。絶対に、確実に握りしめ、一つ一つの動作に細心の注意を払った。
清水平で朝日岳方向に直角に分岐するところがある。
雪に埋もれて頭の部分だけ小さな野球のベースのように出ている指標があることを思い出した。
そして、ここにたどり着くことができたので、右へ方向転換ができた。
平原が終わると、次は、1900m峰をめざすことになるはずだ。
大まかな登山路(地図)をイメージしておく必要がある
ほんとうに正しいのかわからず、焦りが次々と湧き上がってくる。なんとか斜面をのぼると1900m峰を登りきれたことが分かる指標にたどり着いた。そして記憶を頼りに、さらに尾根をすすんだ。
しばらくゆき、風を遮る岩陰があり、座りこんだ。スマホを操作するために外した手袋が吹き飛ばされた。GPS手袋のスペアーを持っていて命拾いと思いきや、スマホを確認するとGPS信号を拾わなくなってしまった。
1900m峰には風をしのげる大きさの岩陰がいくつかある
まずいよ、まずい。進む道が見えないなかで、GPSもきれたら、目をつぶって歩くのと同じじゃないか、、、、
こんな時に限って、スマホの危うさが表に出てきた
周囲を探索すると、幸い朝日岳への分岐地点の標識がすぐ背後にあることが見えた。
それでも、そこから進む方向が分からず指標のまわりでうろたえたが、指標には明瞭な矢印が刻まれていた。
新しく整備されていた指標のありがたみを感じた
これを参考にして、心して爆風にあらがい白い闇の斜面へすすんでいった、、、、、
尾根から谷へ下りはじめ少しゆくと、、、
なんと一気に視界が開けたではないか。
尾根の西側斜面には雪の堆積がほとんどなく、爆風で舞い上がる雪がないためだ。
見える!! 助かる、、、、 これなら助かる。 あの、トラバースする道も見える
谷から吹き上げる爆風で下ろうにも浮き上がる身体をまるで谷へ投げるように向けて下り、トラバースを超えた。
安堵はするものの、その後も爆風との闘いは続く。もう一つ峰を越えなければならないが、風にあおられて転落する危険があっため、風下の中腹雪斜面を迂回することにした。そして、避難小屋までなんとかもどれた。
避難小屋まで戻ると憔悴ししばらく座り込んで休んだ。
茶臼岳の頂上すぐうえをすさまじい勢いで雲が通過してゆく。今から茶臼岳に登る方々がいたが、風で動けなくなり、戻ってきた 。
- GPS スマートフォンでは絶対に危ない
手袋を外すため、凍傷のリスク => 操作用スティックがあればベターだ
雪がすぐに付着して操作困難になる
低温状態でバッテリーが切れるリスク
始終見ながらの移動は無理
GPS電波を傍受できないことも - 手袋で操作できるアンテナもしっかりとしたGPS端末が必要だ
衛星通信でメッセージによる応援要請ができるタイプが究極
ただ、爆風の中、救助には来てもらえない - 雪の平原でのビバークは不可能
せいぜい竪穴を掘り身体を収め、ツエルトで包まるしかできないだろう
しかし時間とともに雪に埋もれてしまうだろう - 手袋は同等の二組
外した手袋が吹き飛ばされたが二組持っていたので難を逃れた - 明るいレンズのゴーグル
吹雪けば日中でも暗い状況になる。明瞭に見えるレンズが良い - 気持ちのコントロール
身の危険を感じ、なすすべが限られるときの動揺はことさら大きい
確実に手順を守る
絶対に、道を外れない
いやー命拾いした
朝日岳一帯は有数の爆風地帯なんだ。
穏やかな時は、難しくないルートだけど。
危なかったね。戻れて本当によかったけど。
こんな体験をして、どう思うの?
そもそも、天候が悪化することが分かっているときには、行かない。
途中、天候が怪しいときに、早めに戻る決断をすることも重要だね。
あと少しで三本槍まで行けるので、ついつい、行ってしまったのもよくなかった。
そうだよね。命あっての山遊びだからね。